部下の主体性を覚醒させるには⑤

プレイングマネージャーの育成法

今日は自信の「揮発性と積立」についてです。

一言で言うと過去の自信は放っておくと消え、積み立てていかないと減る一方であるという事です。

何か、自分が期待した通りの成果が上がった時、私たちは「自信」を感じる事が出来ます。

ただし、時間経過とともにその自信は、過去のものになって行きます。

だからこそ、自信が減らないよう、増えてゆくように積み立てをしてゆく必要があります。

これに気が付いたのは、ある社労士さんのコーチをした時です。

その方は、「自分に自信がないので、自信をつけたい」というのがコーチングのテーマでした。

ただ、経歴を聴くと、子供のころから、受験では第一志望に受かり、就職においても「希望通り」大手航空会社のCAになり、さらに、一念発起してチャレンジした「社労士」の試験にも一発で合格。

「それでなんで自信がないの?うそでしょ‼」と突っ込みたくなったのですが、自信は主観であり、今はどうか?が基準になるので「なぜ、そう思うのか?」からセッションを始めてゆきました。

そんな中、そのクライアントが言っていたのは、試験の類は「取り組むべき事」が明確で、後は実行すればよかったけれど、今は「何をどうして良いのかわからない」というのです。

ここも以前お伝えした「錯誤」があるのですが、人は「曖昧」だったり、「不明確」な状態だと「不安」になり、その状態を「自信がない」と認識しがちです。

なのでまず、「自信とは何か?」「今の状態はどうか?」という事を対話の中で明確にして行きながら、この錯誤に気づいてもらい、自信の積み立てに取り組んでゆきました。

具体的には、「望んでいる状態」になるまでのプロセスを仮説として決めて、取り組みを具体的にし、その進捗を追いながら、一歩一歩やった事と気づき、得た事を整理してゆく事です。

こういう事をセッションごとに繰り返して行った結果、半年経過した頃には、そのクライアントは自分の行動に手応えを感じられるようになりました。

それに伴い、コーチングのテーマは「自信をつける」から一歩前進した「自分のスタイルを確立する」に変ったのです。

自信を積み立ててゆくとはこういう事で、取り組みを明確にし、行動の意味をプラス化してゆく事なのです。

私たちが日々行っている行動は、成果に繋がらない事も多く、それだけ見ていると「自己否定」や「自信喪失」しがちです。

でも、仮説を修正しながら、取り組みを続けてゆく事で期待以上の成果に繋がる事もあります。

大切なのは、行動を止めない事。

プレイングマネージャーが部下に接する時も、やる事を一緒になって明確にしてあげ、すぐには成果に繋がらないようなことも取り組みの中に意味を見出し、一緒に確認をして上げ続ける事で、部下は「自信」を獲得できます。

「自信の揮発性と積立」。

「部下の自信を育む事」は今やプレイングマネージャーにとって最も「重要な役割」と言っても良いかもしれません。

今日は自信の「揮発性と積立」についてお話ししました。

次回は今日の内容に関連した「自信の能動的獲得と受動的獲得」についてお話ししたいと思います。

部下の主体性を覚醒させるには④

今日は「自信は部分的で良い」についてお話します。

部分的で良いというのは「結果」のみに囚われることなく、プロセスで得たものを大切にしようという意味です。

この話をしたいと思ったのは、研修等を通じて、若い世代の人達に接してきた中で、上手くいかなかった、たったひとつの出来事で自分を全否定するような思考を持った方が多いと感じたからです。

何か一つ上手くいかなかったとしても、それイコール、その人の存在そのものを否定するものではないし、自信を失うべきではありません。

でも、何かあるとすぐ自分を駄目であると思ったり、自信を失うという人が多く、これが、成長を鈍化させるひとつの要因であると私は考えています。

永い間、肯定されるよりも、否定をされる経験が多かった結果によって、このような状況を招いているのではないかと思いますが、人材の育成を考える上で「この問題」について真剣に考えないと、どんなに素晴らしい教育を提供しても付け焼刃で終わってしまいます。

なぜなら、チャレンジに対し、上手くいかない事の方が圧倒的に多く、それでも行動を止めない事が大切だからです。

では、何から考えるか?という事ですが、まずは、部下の出来た事、気づいた事に上司が目を向ける、そして、部下の目を向けさせることが大切です。

仮に望んだ成果がなかったとしても、行動した結果、得たことが必ずあるはずです。

私たちは、ついつい上手くいかなかった要因や課題に意識を向け、ダメだった理由を考え、「反省」をしようとしますが、こればかりですと何より、モチベーションが上がりませんし、「自信」の獲得に繋がりません。

例え結果が出なかったとしても行動の中で気づいた事、わかった事を「意味がある事である」と取り上げ、積み上げてゆけば結果以外にも意味を見出すことができ、「部分的な自信」を獲得してゆく事が出来ます。

私たちは、ダメなところを取り上げ、「反省」するのは、得意ですが、肯定的に物事を捉えてゆくのは比較的苦手です。

でも、今私たちに必要なのは「活力」であり、閉塞感をぶち壊すエネルギーです。

このエネルギーを生み出すためにも一人一人が「部分的な自信」を積み重ねてゆく事はとても重要ではないでしょうか?

何事も一所懸命行動すれば成果に繋がるシンプルな時代ではなくなってきました。

 そろそろ、目先の結果だけに囚われる習慣を手放し、中長期に物事を考えられる国にしてゆきたいものです。

そのためには、まず日常に「肯定の言葉」を溢れさせてゆく事です。

そして、まず手をかけるべきは「自分」から。

リーダー自らが自身の事を肯定的に捉えるように日々意識してゆく事です。

そうすれば、自分も効果を実感できると思いますし、どうやって。部下を肯定すれば良いかがわかってゆきます。

今日は「自信は部分的で良い」についてお話ししました。

次回は自信の「揮発性と積み立て」についてお話ししたいと思います。

部下の主体性を覚醒させるには③

今日は「自信の特性」についてお話します。

それは、特性がわかっていないと部下育成についても取り組むべきことが理解できないからです。

私が考える「特性」としては以下の通り4つが挙げられます。

  1. 自信は「主観」である
  2. 自信は部分的で良い
  3. 揮発性と積み立て
  4. 能動的獲得と受動的獲得

まず「1」の「自信は主観である」ですが、これは読んで字のごとく、自信は「自分がどう思うか?」によって決まると言う事です。

これは前回の「成長実感」にも関係する事なのですが、同じ状況にあったとしても人によって、受け取り方が違い、出来事や物事のポジティブな一面を見る習慣があるか、それとも、ない物や得られなかった事など、ネガティブな一面を見るのかによって「自信」の有無が変わってくるという事です。

どうしても「得られなかった事」もっと言うと「失敗」から学ぶという意識が強い私達ですが、こういう意識が「自己否定」に繋がり、「自信がない」と感じる状況にも繋がっているという事を私たちは真剣に考える必要があります。

そして更に言うと、上手くいかなかった要因は「分析」をしますが、上手くいった事については、それほど「分析」をしません。

実は上手くいかなかった事よりも、上手くいった事の方に「成長の糧」がたくさんありますし、何よりも自分が成し遂げた事に対する「根拠」を曖昧にせず、財産や武器にすることができます。

これはスポーツの世界でもよく見られることで、欧米のトップコーチは、選手のポジティブな面に目を向けさせ、なぜ上手くいったのか?できたのか?を認識、理解させて行くアプローチをします。

私が好きなTV番組でNHKの「奇跡のレッスン」という番組があるのですが、欧米のトップコーチが日本の中学生達に「1週間」コーチをする事でどんな変化があるのか?を観る内容になっています。

ここでも共通しているのは失敗を指摘して改善するのではなく、「できた事」「わかった事」「うまくできるようになった事」に目を向けさせるアプローチをすることです。

例えば、良いプレイがあった時にプレイを止めて、「今の良かったよ。なんでそうしようとしたの?」と選手に問いかけるのです。

そうすると選手は「自分の選択」について考え、自分なりの「答え」を導き出します。

コーチがこういう働きかけを繰り返してゆく事で選手たちは自分で出した「答え」の集合体が自信やスキルとなり、積もり積もってゆくので、同じような場面になった時にいつでも引き出す事ができ、有効な「再現性のある」プレイ機会が増えるという事です。

私達は「できる」「わかる」「うまくできるようになる」事によって成長を認識できるわけですが、このように自分の意識を良い所に向けさせ、自信を育んでゆこうとするのがトップコーチの考え方です。

これは「仕事」にも当てはまる事で、上司も部下も、失敗よりも「できた事」「わかった事」「うまくできるようになった事」にに目を向ける習慣が出来れば、部下は自分を成長させるためのアプローチを身に付ける事が出来ます。

しかし、現実問題として「仕事」に前向きになれず、ただ給料をもらうために仕方なくする事であると部下が考えているとしたら、「否定」からの改善という従来の「育成」によってもたらされた結果であると言えるかもしれません。

したがって、私たちが考えるべきことは、私たち自身が自分の行動も含めて、ポジティブな側面に目を向けてゆく事、そして、部下や後輩にも目を向けさせてゆく事です。

そのためには、まずリーダー達が出来ていないことを指摘してすぐ行動を変えさせたいという誘惑と、目先の「対処的成果」を手放す勇気を持つ必要があります。

これは、私たち全員が持っていると言っても良い程強烈な欲求であり、「習慣」ですが、結果として「自信喪失」に繋がり、誰も幸せにしていないという事を強く認識する必要があります。

今日は「自信は主観」であるという話の中で「否定からの改善」よりもポジティブな面に目を向けてゆくというお話をしました。

次回は、「自信は部分的で良い」についてお話ししたいと思います。

部下の主体性を覚醒させるには②

前回、部下の主体性覚醒には段階があり、まずは「自信」を育てる事が第一優先課題であるとお伝えしましたが、「自信」の育成と言う話に入る前に、今日は「自信にまつわる錯誤」についてお話ししたいと思います。

それはこの「錯誤」が「自信の育成」を考える上で「知っておくべき」最大の障害になるからです。

「錯誤」を取り上げようと考えたきっかけは、先日、カンパニーコーチとして関わらせていただいているIT企業で実施した新人研修です。

研修は参加者にいろんな視点を提供し、考えさせ、意見を出させることに主眼を置いた内容だったのですが、その中で「不安」について取り扱った時に「知らない事が多い」「経験がない」という事と「自信がない」という事を結び付けて考えている参加者が多かったのです。

新人ですから、知らない事が多い、経験がないのは当たり前の事なのに、それに対し、「自信がない」と答えてしまう人が多い事に対し、私は危機感を覚えました。

これはこの新人たちに限ったことではなく、「自信がない」ということとその「理由」として挙げている事を関連付けて考えてしまうという錯誤は私たちの日常でも良く起こる事です。

だから、まず「部下の自信を育てる」前に、部下が陥りがちな「勘違い」を押さえておきたいと考えました。

そうする事で部下が自信喪失状態に陥った時に適切な対応ができるようになるからです。

「結果」が出ない=「自信がない」ではない

本当は関連性がないのに関連付けて考えてしまう事は私たちの日常でもよく起こります。

例えば、期待通りに結果が出ないと自信を失ってしまうのもこの類です。

何か行動を起こしたことに対し、期待通りに結果が出ないと「自分はダメだ、能力がない」と結び付けてしまいがちですが、「期待した結果が得られない」=「自分はダメだ、能力がない」ではないのです。

このように短絡的に結びつけてしまうのは過去私達が受けてきた教育が大きく影響しているので「根が深い」問題なのですが、「行動の結果」と「人格や能力」は切り離して考えるべきですし、部下を持つ人は「意識」して切り離す訓練をする必要があります。

自信にまつわる錯誤を解く

自信とは「自分を信じるに足る存在である」と認識する感情ですが、何を持って「自分を信じる」か?について真剣に考える機会は少ないと思いますし、非常に曖昧です。

したがって、これを明確にする事で自分を必要以上に卑下する「錯誤」とオサラバできますし、必要以上に苦しむ部下を救う事が出来ます。

では、何を持って自分を信じるか?ですが、「結果」のみですと苦しくなります。

なぜかと言うと、結果については望み通りになる事よりも、ならない事の方が多いからです。

つまり、「結果」は自分でコントロールできません。

勿論「望む結果」が出れば、うれしいですし、自信を与えてくれるのは間違いありません。

しかし、結果を出す事しか、自信を得れないのであれば、自信を持てる機会は非常に少なくなってしまいます。

なので、「結果」以外のところに自分を信じるに値する要素があるんだという事を認識する必要がありますし、上司は部下に対し、認識させる働きかけが必要です。

何を持って自分を信じるのか?

では、何を持って自分を信じるのか?という事ですが、私は「成長実感」であると考えています。

言い方を変えると「結果以外の行動によって得られたもの」に目を向けてゆくという事です。

行動して得られた事とは「行動を起こしたという事実」や、それによって「わかった事」「気づいた事」「得た事」です。

つまり、失ったものより、得たものに目を向けるという事です。

自分の行動が無駄になったと認識することが「自信喪失」に繋がるわけですから、決して無駄ではないよ、やったからこそ、わかった事があるという風に考える事、また、部下にもそうやって目を向けさせることが何より大切であると思っています。

成長とは「わかる」「できる」「うまくできる」が増えてゆく事です。

行動を止めなければ、「わかる、できる、うまくなる」が加速し、成長を自覚できれば「自信」も獲得できます。

上司には部下の成長を促進する役目があります。

言い方を変えると「部下の自信を育てる」事です。

結果のみでその人を見るのではなく、成長に目を向けて、成長を自覚させてあげられるリーダーが増えれば、何かにつけて「自信がない」と思ってしまう部下たちを数多く救う事が出来ます。

結果に囚われず成長に目を向ける習慣創り。

私はこれを企業に根付かせてゆきたいと考えていますし、そんなリーダーを数多く育ててゆきたいと思っています。

次回は、「自信の特性」についてお話します。

部下の主体性を覚醒させるには①


プレイングマネージャーに期待される役割の一つに、部下の主体性育成があります。

仕事柄企業の研修担当の方とお話をする機会が多いのですが、その時に人材育成における問題について話をお聞きすると、お決まりのように「うちの社員はまじめで、言われたことは一生懸命にやるんだけど、自分で考えて何か行動を起こせる人が少ない」という話が出てきます。

つまり「主体性の欠如」についての話です。

これは、企業と言うよりも「日本の課題」ではないかと思うくらいです。

実際にビジネス以外の場面でもそのようなことはよく聞きます。

例えば、スポーツ。

国内のプロリーグで活躍していた人が海外に行って思ったほど活躍できない場面も見かけますが、ヨーロッパのサッカーチームの監督が話していた「日本人選手観」を雑誌で読んで「やはりな」と思ってしまいました。

「日本人選手はまじめで、規律を守ってプレイができるが、一対一の局面になったり、自分で対応しなくてはいけない局面になると途端にパフォーマンスが落ちる。

自分で判断し、行動することが苦手である」と。

なので、これは国民性かもしれないと改めて思いました。

また、高度経済成長など日本に勢いがあった時代は、「考える」事よりも早く、忠実に動くことが求められてきましたし、「やり方」に疑問を持ったり、考える人間よりも指示に対し、素早く、忠実に行動する人間の方が重宝されてきたという背景もあります。

まあ、一言で言うと状況が変わって180度違う事が求められているのが現在の状況であり、ビジネスマンからしたら、虫の良い事を言うな!!と思っても仕方ない話なのです。

しかし、「答えがない」と言われる現代においては、変革に向けて、待ったなしの状況であることは間違いなく、一人一人が知恵を絞り、スピーディに起こる変化に対し、対応してゆく必要があります。

したがって、「主体性の覚醒」は国を挙げて「子供の教育」から取り組むべき事であると言っても良いと思います。

「覚醒」と言う言葉を使っているのは「本来はあるはず」であり、「ない」わけではないと私自身が思っているからです。

永い間、「自分を殺し」「意見や主張を控え」「長い物に巻かれる」事に慣れてしまったから「埋もれている」のです。

だから急に「主体性を発揮しましょう!!」と号令をかけても、すぐになんとかなるものではないという事です。

また、その反面、主体性の埋没は働く側にとって、あるメリットを生んでいます。

それは、上から答えを出してもらう事により手に入る、頭を使わず責任を負わない事による「楽」です。

そして、この「楽」は麻薬のようなもので、目先の安全は保障してくれましたが、少しづつ自分で動けなくされてしまう劇薬でした。

なので、まずは時間をかけて「毒抜き」をしてゆく必要があり、主体性の覚醒までには、段階を踏んでゆく必要があります。

これは、正直根が深い問題です。

主体性は「自分で考え、決め、責任を持って遂行する」性質を言いますが、これができるようになるまでは、「自信の育成」「自主性の発揮」という段階が必要であると私は思っています。

「自主性」と「主体性」は言葉が似ていますが、意味は違い、「自主性」はやることが決まっている中で率先して行う事であり、自分が感じた違和感に対し、どうするか?何をやるか?から考える「主体性」とは大きな「差」があります。

そして、その自主性を発揮できるようになるにはなんと言っても「自信」が必要なのです。

自信がない人間が、率先して行動を起こす事などできるわけもなく、ましてや自分で考え、決めて、責任を持って遂行する事などできないからです。

ただ、パーソナルコーチングなどで多くの「個人」と接してみて「自信」に問題を抱えている方が多い事に気が付きました。

本当に日本人は「自信」のない方が多い。

なので、まずは「自信」を育んでゆく事が主体性への一歩になりますし、プレイングマネージャー達が部下に対して最初に取り組むべきことは部下の「自信育成」です。

その前に「俺たちの自信を何とかしてよ!!」という声が聞こえてきそうですが、自分のサポートで部下が育てば、上司は自信を持てるようになるので心配はいりません。

では、どうしたら部下が自信を持てるようになるのか?という事ですが、二つの側面があると考えています。

それは、「自分で獲得する」という事と「周囲の協力によって獲得する」と言うものです。

この二つを意識しながら、どうやって部下の自信を育ててゆくのかについては次の機会にお話ししたいと思います。

子供たちが早く大人になりたいと思える社会を創るために

私事ですが、私は長男が所属している少年野球チームのコーチとして活動しています。

その中で子供たちに関わる中で最近「心配」している事があります。

それは、子供たちに「元気」が足りない事です。

これは、朝の登校時に旗振りをしている時にも感じる事ですが、元気に挨拶をできる子が全くと言ってよい程いない。

みんな、下を向いて歩いてゆく。

そんな姿を見ると心が痛くなり、同時に凄い危機感を感じてしまいます。

なんで、こうなったのでしょう?

私は大人達に責任があると思っています。

私は仕事でいわゆる大人たち、特にリーダー層に対し、関わらせていただいているのですが、目的は「格好良い大人」を増やして行く事です。

イキイキしているお父さん、お母さんを増やしたい。

なぜなら、子供たちは「大人の姿を映す鏡」だと思うからです。

大人が、暗い顔して、元気なく会社に行っていたら、子供たちは早く大人になりたいとは思わないでしょうし、人生に希望を持てないのではないでしょうか?

だから、私達大人には、責任があります。

子供たちの人生そして未来に対する責任です。

人生は自分で切り開いてゆくものではありますが、切り開くための「環境」を創る事は、私達大人の使命ではないかと思います。

だから、下を向いている場合ではないのです。

では、どうしたら、「環境」を提供できるのでしょう?

私は一人一人が「戦う」事だと思っています。

何に対して戦うのかと言うと、自分が「こうありたい」と思う姿を実現するための戦いです。

「親としてどうありたいのか?」「社会人としてどうありたいのか?」「人生の先輩としてどうありたいのか?」「日本人としてどうありたいのか?」「子供にどうあって欲しいのか?」「自分以外の人に影響を与える人としてどうありたいのか?」をたくさんたくさん考え、自分の理想を描き、それに向かって戦う姿こそが子供たちの良いお手本になり、夢と希望を与えると思うからです。

世の中は「理不尽」な事が多く、正しいと思う事がまかり通らない事も多いかもしれません。

上手くい事より、失敗する事の方が多いかもしれない。

自分の理想通りにはいかないかもしれない。

でも、戦わずして、ただ適応してゆく姿はあたかも「去勢された動物」のようなものですし、子供達に希望を与えることなどできません。

今日は子供対してと言うお話をしましたが、会社の中でも同じです。

部下に戦う姿勢を見せられる上司は、部下に希望を与え、信頼を勝ち取る事が出来ますし、生き方のお手本を示すことができます。

それがまた、次世代の新しいリーダーを育て、周りに人たちを明るく照らすことができる存在を生み出す事へと続いてゆくのです。

戦いを避けていたら、いつまでたっても、自分でなんとかするしかない、自分も含めて、家族も部下も誰も幸せにしない、切ないリーダーのままですし、そんな姿を見てリーダーになりたいという人はいなくなるでしょう。

私はコーチングをリーダーたちに教えていますが、一番伝えたい事は「知識」や「スキル」ではなく、「ありたい姿」に向かって、戦う事の意味や価値です。

そして、私の本当の仕事はその「戦い」を支える事。

へこたれそうになったり、傷ついたり、前に進むのが嫌になったりするのを並走しながら応援してゆく事です。

そのために私も「自分のありたい姿」と戦い続けます。

人にチャレンジを求めるなら、自らチャレンジしなくては説得力もなく、信頼もされないからです。

子供たちのお手本となる大人をたくさん育て、支えるために。

子供たちにとって身近な大人を格好よくするために。

部下に変容を求める前に

教育研修でマネージャーに対し、関わり方や知識、スキルを提供していますが、今最も力を込めてお話ししている事は知識、スキルではなく、「リーダーとしてのあり方」です。

研修で学んだ知識・スキルを活かすためには「信頼関係」があるか否かが最も重要なファクターになりますが、その中で最も大切なのはリーダー自身が成長するための「軸」を持っているかどうか?だと思っています。

簡単に簡単に言うと「部下に言う前に自分はどうなのよ?」という事です。

自分がチャレンジする姿勢を見せなければ、当然部下もチャレンジしようとはしませんし、研修でいくら立派な知識やスキルを身に付けてもそれが機能することはありません。

上司が目先の事ばかりに囚われて、保身に走っていたら、部下は嫌気がさし、その上司を尊敬できなくなりますし、信頼もできなくなります。

勿論、私の専門である「コーチング」的なかかわり方も大切ですが、信頼していない上司が接し方を変えたぐらいでは「ストレス」は減ったとしても、部下の意識・行動は変わらないと思います。

部下に主体性を求めるのでしたら、上司が失敗を恐れずにチャレンジする姿勢を見せる必要があり、失敗したとしてもそこから歯を食いしばって立ち上がる姿勢を見せなくてはいけません。

「自分の事は置いておいて・・・」は通用しないのです。

自分の考え方や行動を変えるという事はとても勇気が要ることでエネルギーも必要になります。

だからこそ、まず上司がお手本を見せないといけないのです。

しかし、私たちは立場が上がるにつれて、プライドが高くなり、自分のダメなところや失敗、弱点を隠そうとします。

隠そうとすればするほど、その姿は滑稽で部下から軽蔑されるばかりでなく、「こんな上司の下ではやっていられない」と退職を助長することにもなりかねません。

なので、リーダーは自分の「滑稽さ」に気が付けるようにならないといけません。

では、どうしたら気が付けるようになるかと言うと、自分が「リーダーとしてどうありたいのか?」を考え、言語化する必要があります。

そして、ありたい姿になるために「どうあるべきか?」という行動指針を具体的に考えるのです。

そして、「それ」を部下に公言し、実行してゆくことです。

これは、相当な勇気がいる事かもしれませんが、その勇気は部下にも伝わりますし、信頼を勝ち取る上で非常に大きな意味を持ちます。

なぜなら、部下に言うという事は「間違ったら言ってくれ‼」という意味に他ならないからです。

これは、自分の成長に対し、代償を払う覚悟があるという事なので、部下にこういう姿を見せられる上司であれば、自ずと部下も上司の期待に応えようとします。

時には苦しさを感じるかもしれませんが、完璧である必要はありません。

弱い所も出して良いし、失敗しても良いのです。

ただ、間違ったら素直に謝り、修正する。

そういう姿を見せてこそ、初めて知識やスキルが活きてくるものです。

もし、プレイングマネージャーが育っていないなとお感じになるようでしたら、知識やスキルの前に「軸を創る機会」を先に与えてあげてはいかがでしょう?

私にチャンスをいただければ、「私自身の軸」もオープンにしながら、参加者と真剣勝負したいと思います。

人が変わらない理由

仕事柄、企業の研修担当の方々とお話しする機会が多いのですが、良くお聞きするフレーズがあります。

それは、「研修の時は良かったんだけれど・・・・」と言うものです。

研修に参加している時は「良い話を聞けたし、同じ立場の仲間ともいろんな話ができて頑張ろうという気持ちになった」はずの参加者が、職場に戻るとあっという間に元に戻ってしまうという現象です。

これは、私たち人間が自己防衛本能を持っており、「変化を嫌う」性質がある事が大きいからであると考えられていますが、今回はもう少し詳しく考えてみようと思います。

以下が私なりに考えた「人が変わらない理由」です。

  • 現状によって、得ている利益(楽、安心など)を手放せない
  • ガッカリリスク(新しい事がうまくいかない場合の事を考えてしまう)を誇大に考える
  • 一、二回試して辞めてしまう(やってみてうまくいかなかったら、すぐにやめてしまう)
  • 現状何とかなっている(問題の先延ばし)
  • 危機感が弱い(変わらない事によるリスクを考えない)
  • 面倒くさい、良くなりたいという欲求が弱い(今のままで良い)
  • どこかでラッキーを待っている(努力より運に期待、他力本願)
  • 孤独である

全てが「独立している要素」ではなく、関連している事なのですが、この中で特に今回取り上げたいのは「孤独」についてです。

それは、今までにあまり着目してこなかった視点であり、実は想像以上に大きな要素ではないか?と考えるからです。

さらに、人が「変わる」上での「障害」は非常に強力であり、「一人でなんとかしろ‼」と言うのは少々乱暴かなとも思います。

なぜなら、研修で学んだ「新しい知識やスキル」に対し、参加者の心の中に渦巻くものは、必要だと思わない、思いたくない、必要だと思うがやりたくない、必要だと思うし、やりたいが、踏ん切りがつかない、やっても期待通りにいかない、やり始め、続けてはいるが苦しいというように、学んだことを自分の武器にできるようになるまで何層にも障害があり、それを乗り越えるのは、なかなかはハードな事だからです。

したがって、人が変容するためには助けが必要であり、応援し続けてゆく事が大切というのが私の考えです。

私の研修に参加してくれるマネージャー達は、リーダーでありながらも同時に「部下」でもあります。

なので、本来は上長が応援してあげることが望ましいのですが、上に行けば行くほど、自分でなんとかするのが当たり前という不文律があり、マネージャー達は孤独な戦いを強いられます。

さらに、プレイヤーとしての責任も大きい為、精神的にも時間的にも余裕を持てません。

だから、研修の時は一時的にやる気になっても、いざ実行に移そうとすると「苦しく」なってチャレンジを始められない、始めても続けられないという状況になってしまうわけです。

そんな苦しそうな、つまらなそうな上司を見たら、部下は「マネージャー」になりたいと思わなくなりますし、「同情」はしても「尊敬」はしなくなります。

これは、会社の未来を考えても徐々に深刻な問題になって行くと思います。

ここまで会社での話をしましたが、これは、会社の中だけでなく、実は学校や部活、家庭でも同じ。

私は日本社会全体に「応援」が足りず、変化と成長を鈍らせているように思います。

なので、私の研修プログラムは基本的に単発ではなく、伴走コーチングをセットする形でご提案しています。

つまり、私がマネージャーを応援するという事です。

一人でも自分の努力プロセスを見て続けてくれる人が居れば、やる気も変わってきますし、ましてや、コーチとしてのサポートもするわけですから、単発の研修で終わるよりもはるかに意識や行動が変わる人が増えてゆくはずです。

ただし、先ほども言いましたが、一番効果があるのは上長の応援です。

マネージャーなんだから、ベテランなんだから、「やらなくてはいけない」「できて当たり前」と言う風に常日頃、厳しく接してしまいがちですが、一番必要なのは、いつか変容すると思って、見守り、応援し続ける事だと思います。

これは、叱責したり、指摘したり、指導するよりもはるかに「キツい」事ですが、「キツい」からこそ、続けることが出来たら、大きな果実が実るのではないでしょうか。

義務感、責任感、使命感で危機意識をあおるよりも「応援」を前面に出す。

日本企業の経営者の方、重役の方々に是非、試していただきたい事です。

「専門知識」を凌駕する「リーダー能力」の可能性

昨今、就職を控える学生の「専門職志向」が強くなってきたと言われています。

また、こういう傾向に合わせて人材配置をしてゆこうという企業も増えているそうです。

この背景には若者の「就職」と言うものに対する考え方の変化があります。

産労総合研究所行った調査では、入社に際し、45%が「できるだけ永く、その会社に勤めたい」と答えたのに対し、それ以外は滞在予定年数に違いはあっても「転職を考えている」が55%という結果になったそうです。

企業に一生務めるわけではないので、専門性を磨いてゆきたいと考える学生が増えているという事ですが、また、それと反比例するように、会社でマネジメントをする立場につきたいと考える人は25%ほどになっており、年々下降の一途だそうです。

割に合わない管理職になるよりもスペシャリストの方が将来明るいと考えているのかもしれません。

しかし、本当にそうなのか?と言うと私自身は疑問に思っています。

自分の専門分野を作ってゆく事は良い事であると思いますが、今後もかつてないスピードで様々なイノベーションが起こってくることが予測される中、「果たしてその専門性は価値として残ってゆくでしょうか?」という事も考えて欲しいと思っています。

技術の進歩は加速度的に早くなってきていますし、それに伴い、必要な「知識」もどんどん変わり、増えてゆきます。

また、それと逆行して人間は加齢によって、パフォーマンスの低下も起こってきます。

「一つの専門性」で勝負できる人はほんの一握りになるのではないかと思いますし、そういう意味で「マネジメント力」を二つ目の大きな武器、いや最終的には自身を助ける「必殺技」にしていただきたいというのが私の思いです。

なぜなら、「人間関係にまつわる事」は人類に「集団」と言うものが形成されてから、「不変」であり、間違いなく未来永劫続いてゆくからです。

そして、さらに今後は日本でもジョブ型雇用が増えてゆく事により、「マネジメント能力」も専門化してゆくのではないかと考えられます。

今までの日本のように「マネジメント」をプレイヤーとしてのキャリアの延長線上として考えるのではなく、独立した専門性の高い能力として認められてゆくという事です。

業種関係なく、チームのパフォーマンスを向上させる事ができる能力は、多少のマイナーチェンジは必要であったとしてもニーズの多い、「魅力的な能力」となって行くのではないでしょうか。

それを表す一つの例として、ご紹介したいのが、以前、私のリーダー研修に参加されたある大手金属企業の課長さんのお話です。

その課長さんは、研修後、「学んだことを職場で試してやろう」と意気込んで戻ったら、すぐに人事異動があり、今まで自分がやってきた事業とは関連性のない子会社に出向することになったそうです。

最初は「マジか!!!」と思ったそうですが、知らなかったからこそ、開き直って部下に対し、「色々教えて!!」と言う謙虚な姿勢で接し、部下の考えや話をよく聞いた上で物事を進めるようにした結果、驚くべきことにチームの業績は飛躍的に伸び、しまいには、前任リーダーの時と比較して約20%も売り上げがアップしたそうです。

因みに前任リーダーは業界20年のベテランで「良く知っている」為、自分の考えで指示を出し、マネジメントを行っていました。

「自分が良く知っている、できる」よりも、業界の事は知らなくても、部下の活かし方に長けている方が成果を出せた良い例です。

全てこのお話のようにはいかないかもしれませんが、「リーダーとしての能力」を高める事は「業務の専門性」を超える可能性があります。

今は「大変で割に合わない」と思っている事が、自分のかかわり方次第で自分を楽にし、チームメンバーも、ひいては会社もハッピーにできるのです。

さらに、定年後も「時間」ではなく「自分の価値」を売ることができます。

これから、弊社では年末にかけてプレイングマネージャー向け研修が増えてゆきます。

一人でも多くの方に「リーダー能力」の魅力を伝えつつ、私自身も学ぶ姿勢で謙虚に貪欲に臨んでゆきたいと思います。

キンコーズ渡辺社長が語ったコーチングの真髄

以前お伝えした通り、オンラインイベントでキンコーズの渡辺社長と対談しました。

渡辺社長は一年間、コーチングを受けた後、現在、ご自身もコーチングを学んでおられ、幹部社員との定期的な1on1によって、会社の風土を自ら変えてゆく活動をされています。

なぜ、渡辺社長がここまでコーチングに惹かれていったのかという事ですが、コーチングを受けてみて、コーチングの真髄に触れることができたからだそうです。

その真髄とは何かというと「自分をエグル」という事だそうです。

「自分をエグル」とは、もしかして「ドM」?と思われたかもしれませんが(私だけか?)、そうではなく、自分自身と「とことん向き合う」という意味です。

改めて、「自分をエグル」という言葉をかみしめてみると、「コーチング」の核心を突く、素晴らしい表現だなと感じました。

一般的に経営者の方々にコーチングをお勧めした時に還ってくるのは、「何をしてくれるの?」または「何をされるの?」もっと言うと「なんで、私がコーチをされなきゃいけないの?」と言う反応です。

これは、従来のスポーツコーチ等による上下関係のイメージが強いのと「コーチング」を言葉で説明するのが難しいので、誤解されやすいという事が原因だと思われます。

また、何をやるかは理解できたとして、自分で自分をエグルのに、なんでわざわざ他人にお金と時間を投資しなくてはならないの?というのも良く抱かれる疑問かもしれません。

ですがここに「コーチ」をつけることの意味があります。

どういうことかと言うと、自分だけでは自分をエグレないからです。

と言うのは、私たちにはそれぞれ、考え方や思い方に「癖」があり、何も刺激がないと一定の枠の中で思考するようになり、固定しがちになるからです。

そして、その「癖」は自分を無意識に正当化する「癖」であり、自分を守るための「癖」でもあります。

なので、時折コーチを使って、本当にそうなのか?なぜなのか?他にはないのか?を深く掘り返して思考したり、「ここはどうなの?」「どう考えているの?」「あなたが相手の立場であったら、どう思うだろうか?」など視点を変えてもらう事によって、その人が居る「安心領域」から引きずり出してもらう事で、視野が広がり、今まで「見えていなかった」、あるいは、「見ようとしていなかった」発見があり、結果として最適な判断ができるようになるのです。

勿論、セルフコーチングと言って、自分で自分をコーチすることもそれはそれで有効ですが、やはり、限界があります。

なぜなら、先ほどお話しした通り、人間には自己防衛本能があり、本当の意味で「自分が見失っていたもの」「見たくないもの」に到達することが不可能に近いからです。

したがって、客観者であるコーチがエグル材料を提供することは、一人ではたどり着けない答えを導くうえで大きな意味があります。

しかし、経営者の方々は総じて多忙です。

とてもじゃないけれど、コーチングのために時間は取れないよというのも理解できますが、多少、無理してでも「定期的に立ち止まった方が結果として早くなる」事も多く、新たなフェーズに向かう上では「コーチを使う」という事にチャレンジをしてみる価値は十二分に「ある」のではないでしょうか?

ちなみに、渡辺社長ですが、次にどんなコーチをつけたいか?という質問に対して「子供も良いかも」とおっしゃってました。

子供なのでコーチングのスキルはないけれど、曇りのない目で見て、素朴に感じた疑問をぶつけられたら、何か、新しい気づきが得られるのではないか?と思ったそうです。

それを聴いて思い出したのが、以前お聞きした、ソフトバンクの孫さんのお話です。

孫さんはなんとコーチを7人つけていて、そのうち一人は女子大生コーチだというお話でした。

コーチングの真髄を理解しているからこそ出てくる発想ですね。

さすがです。