「自分で考えて動け」がZ世代に通用しない決定的な理由

最近、若者の間で昭和歌謡が人気だそうです。

背景にはSNSの影響や現代とは違う勢いのあった時代への憧憬など様々な理由があると言われていますが、いずれにせよ、現代の曲調とは違う昭和のサウンドが斬新に聞こえるのでしょう。

ここで質問なのですが、令和で流行っているヒット曲と昭和のヒット曲の違いは何だと思いますか?

曲の作り方や表現など様々な違いがあると思います。
でも、もっと具体的な違いがあるんです。

それは一曲に使われる「文字数」です。
先日マツコの知らない世界と言う番組でJUJUがゲスト出演した時に話していたのですが、昭和309文字に対し、令和680文字と言う倍以上の違いがあるんだそうです。
しかも、実際の演奏時間は令和の方が長いにもかかわらずです。
これに対し、マツコは「情景みたいなのを思い浮かべる作業が昔の人より今の人のほうが不得手になってるのかもね。より具体的に直接的になってきてるのかも」と話していました。
私はこの話を聞いて「やはり、そういう事か⁉」と妙に納得した事があります。
それはZ世代は情報伝達において昭和世代の親父たちよりも文字数が倍以上、必要なんだという事です。
つまり、「察して動け!!」とか「自分で考えろ!!」とかは通用しない。
より具体的に情報を多くして伝えないと「伝わらない」。
と言う事は、昭和世代の上司たちからするともはや「共通言語」で話しているとは言えない次元かもしれないという事です。
まさに「外国人」に話すように理解するまで手を尽くして伝えるしかないのです。

その上で特に考えなければならないのが、言葉の「定義」です。
日常で私たちは「共通認識」がある事を前提に対話をしています。
しかし、実際は言葉から受け取る意味やニュアンスなどは一人一人違っており、どう解釈するかによって行動が別れてしまいます。
例えば、「今週中に報告書提出して!!」という指示を部下に出したとします。
あなたなら、何曜日の何時を思い浮かべますか?
研修でも参加者に良く聞くのですが、実際は金曜日の午前中から週明けの始業前まで人によって解釈は大きく分かれるのです。
これは若手からシニアに至るまで同様の結果になります。
つまり、「今週中」という言葉の定義を決めておかないと提出がばらけてしまい、それによって、後の行動も影響を受けるという事です。
ましてや相手が若手社員であればなおさらです。

仮に「今週中」が「金曜日の午前中」であるならば、上司は中身をチェックして、仮に修正があったとしても金曜日中に報告書を上に上げる事ができます。
つまり、その週のうちにその業務を片付ける事が出来るという事です。
それが、部下から月曜日の始業前に提出されたとすると中身を確認して、修正があれば、指示を出して再確認して上に上げるというプロセスを月曜日の午前中から下手したら一日かけてやることになります。
仕事は、時間の経過とともに増える一方なので部下の認識している「納期」と上司である自分の認識がズレる事により、上司はやる事が増え、どんどん「きつくなってゆく」というわけです。

一般社員相手でもこういうことが起こりえるわけですから、相手が新人社員であれば「今週中に提出」を「金曜日のお昼12時まで」に「報告書フォームに入力し」「プリンターで印刷して」「僕の机のココ」に置いておく事だよ。
という風に分解し、「定義づけ」をしてあげる必要があるかもしれません。

また、その際に大切なのは「なんでそうして欲しいのか?」を考えさせる事です。
そうしないと「作業」になってしまい、毎回同じことを言うはめになるからです。

「うわ~っ!!」と思うかもしれませんが、一旦、共通認識を植え付ける事さえできれば後は、案外楽になります。

「Z世代は何を考えているかわからない」と言う声も良くお聞きしますし、世代の違いと言う要素も確かにあると思うのですが、まずは、日常で良く使っている言葉について「正確に伝わっているか」「同じ解釈なのだろうか」から考えてみる必要があるのではないでしょうか。

生産性を上げる一番簡単な方法は日常でよく使う「言葉」の定義を確認し、共通認識を創る事だとと思います。

Z世代との対話に苦しむリーダー達

私の仕事は、一言で言うと「コミュニケーションを改善して組織のパフォーマンスを向上させる仕事」と言う表現に集約されます。

なぜこの分野に注力しているかというと、私はコーチングの専門家であり、コミュニケーションを扱うことが本業であるというだけでなく、組織活性化に向けてここが「ボトルネック」だと考えているからです。

近年、コミュニケーションは多様な要素が絡み合うことで複雑化してきました。

本当の意味での「意思疎通」が難しくなったと言えます。

また、日本がインターネットやAIの台頭により世界規模で起こった変化に適応できていないことも大きな要因です。

従来の「忠実性」や「勤勉性」だけでは、通用しなくなっているのは実感としてお感じになられているのではないかと思います。

しかし、理屈ではわかっているけれど、「中々変われない」というジレンマも同時にお持ちなのではないでしょうか?

そんな古いスタンダードが未だ色濃く残る組織において、変化を促すきっかけとなっているのが
日本の成功を知らない世代です。

時に象徴として語られるのがいわゆる「Z世代」です。

彼らの登場によって働き方改革や若手の採用育成に関する法改正が行われ、それに合わせた教育やコミュニケーション系の研修も増えています。

もちろん、彼らの台頭だけが理由ではありませんが、組織においてもフラットな「対話」を重視する風潮が強くなっています。

それ自体は歓迎すべき事であると思いますが、どこか、制度やルールばかりが先行して「本質」に届いていないようにも見えます。

私は世代で一括りにするのは好きではありませんが、Z世代の最大公約数的な特徴として語られる「共通項」は確かにあると思います。

それは、「無駄を省いて効率的に人生を考えてゆきたい」というキャリア志向と「年配者の過去における成功体験は信用しない」というマインドです。

日本経済の弱化や天変地異の頻発、そして、彼らが子供の頃から慣れ親しんでいるロールプレイングゲームの影響も大きいのかなと思いますが、何よりもリーダー達の「今の姿」が魅力的に見えないことが最大の要因であると思っています。

また、もう一つ彼らの特徴として考えられるのが表面的なコミュニケーションはできるが、中々本音を語らない用心深さです。

指示待ち世代と言われる事もありますが、これは、彼らが価値として認めていないものを仕事として押し付けられたくないという心理が働き、よけいなことを発言せずに卒なく、こなす事に注力した結果とも言えます。

だから、1on1では特に不満がありそうな感じがしなかったのに・・・
いい感じで話してくれていると思っていたのに・・・
「突然辞めちゃった」という事態が起こるわけです。

以上の事から、ある意味、Z世代は「遊び」の価値がわからない世代と言っても良いかもしれません。

ここで言う「遊び」とは良い意味での「無駄」です。

彼らのキャリア志向は彼らの主観で成り立っている以上、その視野に入っていない「経験」や「選択」は無価値であるように映ってしまうわけですが、

それだと嫌だけれど、気は向かないけれど、義務感しかなかったけれど、「やってみて初めてわかった」「視野が広がった」「やっておいて良かった」と言うような経験はできません。

でも、本当の意味で「はりぼて」じゃない「骨太」のキャリアを築くためには、一見「無駄だと思う事」をやってみるのも大切ですし、やった事によって「違うキャリア」が見えるきっかけになる事も多いのです。

なぜなら、全て「自分の希望通り」に周囲が動くなどあり得ないし、「理想の未来」は「経験」「体験」によって変わって行くものだからです。

さらに、何より無駄だと思う事に「やってみよう」と思い、その中に「価値」を見いだせる能力も非常に大切であると思います。

いや、私はこれこそが「最も大切なこと」と言って良いのではないかとさえ思います。

従って、リーダー達は「遊び」つまり「無駄」の価値を語れないといけないし、「無駄の価値」を反映した生き方(活き方)を部下に見せられないといけないわけです。

あるべき論を説いても「今のあなたの姿を見ていたら、説得力はないよ」と感じさせたら、いくら立派なことを言っても無駄になってしまうどころか、還って信頼を失う要因になってしまいます。

では、具体的にどうしたら良いのか?ですが、ポイントは三つだと思っています。

一つ目は、私は部下の描くキャリアに対し、一緒に深掘りし、「視野」を広げてあげる事。

二つ目は実際に部下の行動に対し、成長を「具体的な言葉」でフィードバックしてあげる事。

最後は言っている事に説得力を持たせる「お手本としての生き方(活き方)」をする事、つまり、自分のチャレンジを見せ、苦悩や失敗を見せ、「自分も闘っている」姿を見せる事だと思っています。

しかし、日本のリーダー達は「失敗予防」に縛られ、雁字搦めになっているように見えます。

私はそんなリーダー達を解放して、「俺も悩んでいてさ、でもこうやってみようと思うんだ」「最近失敗しちゃってさ。でもおかげでわかった事があるんだよ」「今、困っていてさ、こうしたいんだけれど助けてくれない?」など、横から語れるリーダーをたくさん輩出したいと思っています。

お読みいただきありがとうございました。