日本人の主体性が弱い理由①

私は今まで、組織コーチや研修講師として5000人を超えるビジネスマンにかかわってきましたが、「主体性の欠如」は驚くべきことに、企業規模、業種、職種、世代に関係なく、多くの日本企業に見られる共通点です。

研修などを通じて、経営者や企業の人事の方と話すと決まって出てくるのが「言われたことは真面目にやるんだけど、自分からは主体的に動かないんだよね」という言葉です。

では、なぜ日本人の主体性は弱いのか?

その理由の一つが歴史的な背景にあります。

稲作

弥生時代から伝わる稲作によって、私たちは、集団(村)という共同体の中で、生活をしてきました。それは、「集団」の中で協力」しながら生きるという、日本人の生き方に大きな影響を与えました。

奈良時代

日本という呼ばれ方が始まったのがこの時代ですが、厩戸皇子(聖徳太子)の制定した17条の憲法はリーダーのコンピテンシーを創ったものです。

その第一条は「和を持って、尊しとなす」から始まります。いかに「自己主張」より仲良くする事が重要なテーマであったかがわかります。

儒教思想

宗教を国家運営や統治に利用するというのは、ローマ帝国がキリスト教を国教とした時代から、統治者が使用する常とう手段です。

日本における仏教にもそういう側面が見られます。
儒教も5世紀に学問として日本に入ってきてから、朱子学、陽明学など形を変えながらも
明治天皇の教育勅語に、日本の道徳形成に影響を与えてきました。

自分の意思よりも目上の人の意思を尊重するという事につながるわけですが、ある意味、日本人の主体性を奪う要因になったとも言えます。

江戸時代 五人組制度

徳川幕府による長期政権は、騒乱が起きないように、五人組制度と言う相互監視システムを創り上げました。

町人同士、農民同士の五人一組で監視し合うものですが、隠れキリシタンや年貢の取れ高など、ごまかさないようにお互いをけん制し合う中で、人と同じであることが良い、人に迷惑をかけない、恥をかかないという価値観が強く形成されて行きました。

大正から昭和初期

近代化が進む中で、技術を身に着けたら、より自分を高く買ってくれる企業に移るという転職が盛んな時代でした。

ですが、戦争ともに、軍需産業に安定した労働力を確保したい国の意向で国家総動員法をはじめとした「転職の自由」を奪う法律が制定され、労働も「国家への奉仕」であるという教育がされるようになりました。

戦後

戦後しばらくたった後、高度経済成長に向かう中で、大企業を中心に安定した労働力の確保が、急務となり、雇用三種の神器と言われる「終身雇用」「年功序列」「社内労働組合」が次々と導入されてゆきました。

安定した雇用を保証する代わりに、ビジネスマンに求められたのは、軍隊のように上下関係がある組織において「言われたことを忠実に実行する」能力であり、過去からの成功体験をもとに、同じことを同じ精度で効率よく実現することでした。

それはモノづくり、工業が産業の中心であったからです。
このような背景の中で、うまく社会に適応してゆくには、「個」の考えや判断をしまい込み、組織に対する忠実性を発揮するしかなかったのです。

それでも中には、自分の考えで動きたいと考える人間がいましたが、会社のパワーバランスの中で活躍する場が見いだせず、腐ってゆくか、私生活に目を向けるか、組織の背を向けて出てゆくかしかありませんでした。

かくして、会社の中には「忠実性」を武器として、リスクを冒さず、現実にうまく対応する能力に長けた人たちが主流として残ってゆきました。

いつの時代にも絶対的に通用するシステムはなく、日本に勢いのあった時は上意下達でも良かったのですが、変化を必要としている時代がやってきた今、意識を変える必要性は頭の中で理解できていても、リアリティが感じられず、しかも過去に経験のないことを求められても、どうしていいかわからずにフリーズしているというのが、多くの日本企業で働くビジネスマンの姿なのです。

そして、21世紀に入って20年経過した今も、リスクを避け、忠実性を重んじる風土は、今も色濃く日本の多くの企業の中に根付いています。